ロボットとデジタルの世界で育つ
アルジュンは16歳の学生で、現在10年生。シンガポールには9年間暮らしている。父は海外の名門大学の学位を持ち、母はテクノロジー業界で働いている。テクノロジーは日常生活に欠かせない存在で、学校ではほぼ四六時中スマートフォンやノートパソコンを使い、ChatGPTなどのAIツールも積極的に試している。テクノロジーへの関心は幼い頃から芽生えており、数年前からロボティクスのプログラムに参加してきた。
「幼い頃にロボティクスのプログラムに参加して、そこからどんどん広がっていきました。思い通りに動くよう自動化できるって、本当に面白いと思って。」
エンジニアが作る未来——機械に支配されない社会
2050年の社会としてアルジュンが描くのは、ロボットとAIが人間には難しいことややりたくないことを引き受けながらも、SFによくあるディストピアには陥らない世界だ。彼自身はバイオメディカル・エンジニアリングを通じてこの未来に貢献したいと考えている。生物学(特に脳)とロボティクスという、自分の二つの情熱を結びつけた分野だ。
「理想の社会というのは、人間にできないこと、あるいは単純にやりたくないことをロボットやAIが担ってくれる社会です。ただし、ロボットが人間の上に立つようにはなってほしくない。」
彼が特に関心を持つのは、人間がインターネットに直接接続できる脳インプラントの可能性だ。先進国では2050年までに、遅くとも2100年までには実現するだろうと考えている。医療用途については、安全性と長期的な副作用がないことが保証されるなら支持するという立場だ。
AIが活躍すべき場所——そうでない場所
AIの社会的な役割に対するアルジュンの見方は、細やかで多角的だ。効率性と客観性が強みを発揮できる場面では積極的に支持する。たとえば小論文の採点(主観的な科目における教師のバイアスをなくすため)、採用選考(大量の候補者審査を効率化するため)、カスタマーサービス(AIが一貫した公平な対応を保証できる点)などがその例だ。
一方、キャリアアドバイザーとしてのAIには明確な一線を引く。人間の道徳観がなければ、AIは単に全員を高収入の職業へと誘導するだけになり、クリエイティブな思考を持つ人や研究者、科学者の居場所がなくなりかねないというのがその理由だ。
「AIが高収入の仕事を勧めるようにプログラムされたら、クリエイティブな思想家も量子物理学者も研究者も生まれなくなる。人工知能に自由を完全に委ねない限りは、うまくいくかもしれないけど。」
家庭、学校、病院のロボット

家庭生活においては、ロボットは家事に自然に溶け込むとアルジュンは考えている。ルンバのような掃除ロボットはすでに存在しており、今後ますます普及するだろうと指摘する。安全性が実証されたAIによる育児支援、わかりやすく説明できるロボット教師、そして主要な医療判断における人間の自律性が守られるならロボット看護師についても、受け入れる姿勢を示している。
医療AIについては倫理的な複雑さも認識している。データのみで動くAIは、コスト面を根拠に高齢患者への安楽死を推奨するかもしれないが、その最後の数か月が家族にとってどれほどかけがえのない価値を持つかは計算に入らない、と言う。
「自分たちで判断できる限り、医療にAIを活用することは支持します。ただ、そういったことについてAIの提案に盲目的に従うべきではない。」
アート、本物らしさ、そしてAI論争
アルジュンが強い関心を寄せるテーマの一つが、AIの生成するアートをめぐる問いだ。もともとは、オリジナリティについての議論を呼び起こすために、AIが作った絵と自分の絵を対比させて持参するつもりだったという。翻訳やコミュニケーションにおけるAIは支持しており、世界をより結びつける手段として捉えているが、人間の創造性やアイデンティティに関わる領域では、より慎重な姿勢を見せる。
全体的には、広い意味で楽観的な見方をしていると彼は言う。エンジニアやソフトウェア開発者が責任を持って開発したAIとロボットは、人々が担いたくない重荷を引き受け、人間が本当に大切なことに集中できるようにしてくれる可能性を持っている。
